〜茨 城 編〜


 6月21日
 茨城県に突入したはいいが、道の駅の情報が無い。地図が全部切り替わってしまうからだ。
走ってりゃ何かあるかと思ったが特に見つからなかったので、昨日は海岸沿いの適当な
空き地で泊まる。


 さぁとうとう関東上陸だ!北海道と非なれど似ている東北地方とはわけが違う。ここからいよいよ
異郷の地に突入という気がするなぁ。しかしここから先は荒ぶる坂東武者ばさらの割拠
する激戦地。そういう輩をばったばったと斬り従えつつ旅をするとなると、今まで以上に気を引き
締めてかからないとならなくなるだろう。まぁツワモノどもと戦う事より道に迷う事のほうが厄介
なので、まずは地図の購入だ。近くの都市の日立市まで進む。



 日立市に入り、本屋で地図をゲット。あのちょっと足りてない地図の関東版が出ていたので
迷わず購入。20万分の1という地図の距離感に慣れてしまっているのでそこを変えたく
ないし、ここまで付き合ってきたら愛着が沸いてくるというものだ。内容が多少間違ってるくらい
かえって面白いもんだ。
 それからDDIショップで通話エリアマップをもらい、ついでに観光の情報収集を。話しやすい
お兄さんで、いろいろ教えてくれた。

    「茨城県に観光にきたんですけど、なんかありませんか?」
    「なんで茨城県なんですか
    「・・・いや何でと言われても・・・来ちゃダメですか?」
    「そんな事ないんですけど・・・何もないですよ」

 お兄さんの話では、茨城県というのは「観光に来たくないベスト5」に選ばれるくらい観光
資源が少ない県だそうで、工業と学術の県だそうだ。観光はせいぜい水戸市に行って
おしまいだと言う。へーそうなのかー。

 ・・・ ・・・ ・・・。
 困るな、それじゃ。

 いやスルーしてしまっても別に困らないんだが、それもなんか淋しい。せっかく全国縦断の
旅なので、各県に1つくらいは思い出を作っていきたいモンだ。
 お兄さんも必死の思いで考えてくれたんだが結局あまり無いらしく、やっとの事で搾り出して
くれたのは茨城県でしか売ってない「MAXコーヒー」を飲んでいけ、という話だけだった。
郷土料理・・・か、これは?





 さてどうしよう。いちおうとりあえずテーマを上げてみるか。
 茨城県と言えば・・・水戸黄門! 納豆! つくば山!
 (久しぶりのフレーズだなぁ)


 ・・・うん。なんか地味だ。



 歴史知識から言えば茨城県は結構ある。前にも出てきた平将門が活躍した場所だし、
水戸黄門もいる。ザ・ラスト・ショーグン徳川慶喜も茨城県だ。俺が今まで追っかけてきた
佐竹家や安東家も茨城県に関係がある。茨城県は歴史に重点を絞って観光していくしかない
かなー。
 まぁとりあえず「流人」も歴史の記述をメインに作ってってみよう。俺的にもそっちが本業なので
そっち方面で攻めてる分には筆も余裕で進む。歴史研究家である俺の事をおもしろい
浮浪者
と勘違いしている薄情な友達たちに俺の実力を見せてやることにしよう。
と言うもののお前の本来の実力なんてどうでもいいんだよネタを書け
と、薄情なる友達たちがカウンタ減少という無言のプレッシャーを使って非難してくるように
なったら、茨城編は全削除して茨城県に来なかった事にしてしまおう。めっさ弱腰の俺。だって
聞いただけでもネタなさそうなんだもん。
 とにかく方針は決まった。水戸市へ向かおう。



 6月21日(2)
 水戸市は水戸黄門でお馴染みの徳川御三家の1つ・水戸藩があった場所だ。まずは駅前に
行って観光情報を集めよう・・・としたら、看板発見。

 「三の丸」

 おぉ! 三の丸という住所発見!これはお城があった証拠!早速観光・・・


 (水戸城三の丸跡)
 

 おもっきし水戸駅。うわぁぁ観光できない。

 当然お城に関する看板なんてまるで無く、掘割りとか町割りも不明。お城としての跡形は
まったく無い。コンコースの上にわずかに水戸黄門の銅像が建っているくらいだ。お城の前とかに
武将の銅像はよく建ってるが、これもそのうちなんだろうか?
 やばい・・・茨城県は本当に観光に力を入れてないようだ。
   
 銅像前でcimさんが大暴れしたらしい。昔の荒れてた頃の名残りか?



 しかし茨城県観光の大部分を占めるだろう水戸市。こんなんで挫けていられない。観光
案内所のお姉さんに食って掛かる。すると「兼六園」「徳川記念館」など、けっこう予想外に
大量の観光施設が水戸市内にある事が判明。6箇所くらいはある。
 施設系観光物件はあるが屋外系観光物件は無い、というのは人口密集地帯の宿命なん
だろうか。ああもったいない。仕方ない回れる所だけ回ろうと思うが、今日は毎度毎度ひっかかる
月曜日。来る日間違えたな・・・どうもここ最近、行動のローテーションが悪くなっている。とりあえず
見れる所は「兼六園」くらいだが、そこだけでも見ておこう。
 でもその前にお昼にしよう。納豆料理屋を紹介してもらう。





 水戸と言えば納豆。その由来は意外に新しかった。納豆自体は古くから農家で自家生産して
おり、農家のご家庭で気軽に食っていたものだった。それが全国的に有名になったのは鉄道が
開通してからだ。貧農の人たちが副業として駅で納豆を売り始めたのがきっかけで、それから
「水戸」=「納豆が売ってる駅」として有名になったそうだ。ついでに「水戸市の人は納豆が好き
なんですか?」と聞いてみたら「朝はほぼ必ず納豆ですね」とのお返事。「納豆を愛してるんですね」
と褒めたら店員のお母さんはちょっと照れたように頭を掻き「経済的な理由です」と言われた。
悪い所聞いちゃったかな。
 まあとにかく納豆料理をいただく。茨城県ではもう郷土料理にありつけないかもしれないので、
フルコースで勝負。食いすぎた〜。(全部合わせても、いわき市の魚定食より安い・・・)



 続いて兼六園という庭園へ。日本三大庭園の1つで、徳川斉昭公が作った公園だ。公園
ゆえに公園以上の楽しみ方が無い。梅の実がたくさん落ちてるんで、春先はすごくすっぱい
匂いがすると思う。とりあえずぶらぶらしたが天気も良くないしあんまり面白くないので、
MAXコーヒーだけ飲んで撤収。
   
 兼六園。駐車場で寝れない公園に用はねぇ。



 6月21日(3)
 その他いろいろ施設はあるが水戸市ではやりようが無いので諦める。茨城県をある程度回って
みて、本当にイベントが無かったらもう1度水戸市に帰ってきてネタを付け足そう。今日は道の駅を
探そう。
 新しく買った地図をざっと見渡した見つけた道の駅は「さとみ」「大子(だいご)」の2つ。どっちも
北へ戻る形になるが、暇なんでまあいいだろう。大子町のほうが行きやすいので、大子町へ向かう。
1時間くらいかけて到着。道の駅マップも入手。ちょうどよく温泉付きだったのでポカポカ決める。





 もう暗い頃。お風呂から上がってみると、一面別世界になっていた。豪雨どころじゃない滝雨、
そしてすんごい風。

 台風だぁ〜〜〜!!!

 キャー!! これがうわさに聞く台風ですかぁ!

 ・・・ ・・・ ・・・。

 とは感動するものの、実際の所たいした事ねぇ感じだ。TVアナウンサーが必死に傘を差す
くらいの風ではあるが、お風呂も入っちゃったし敢えて外に出る理由は無い。多少気になるが
寝てしまえばいいのだ。
 メールで先輩に聞いてみたら今回の台風は東北地方を直撃したらしく、限りなく東北に近い
関東のここでは、ざんざん降りではあるものの短時間で終わったようだ。台風とは今後何度か
戦わなければならない宿敵なので、今回のは心の準備程度に考えておこう。

 よくTVで見る台風とかは看板とかが飛んできて危なそうだが、それ以上に困る事が判明する。
うるせぇ事だ。俺の場合、車で寝泊りしてるわけで、屋根裏部屋に直接住んでるようなもんだ。
雨音とかがダイレクトに伝わってくるため、うるさくて寝れないのだ。こんなんでは梅雨が始まったら
一睡もできない日々が1ヶ月も続いてしまう。そんなのは死んでしまう。何か対策を考えとかない
となーなんて考えつつまんじりと寝れない夜を過ごしていたが、気づいたらぐっすり寝てたようだ。
繊細な心の割に体のほうはデリケートじゃないらしい。



 6月22日
 そういえばここ数日、一緒に旅をしているヤツがいる。いつの間にか入り込んでいただ。
俺は普段、エアコンオイルを節約するため窓全開で走っている。そのためどうしても虫の侵入を
許してしまう。ハチやアブとか1cm以上の大型虫が入ってきた時にはさすがに慌てふためいて
撃退するが、小虫は日に5匹以上は侵入しているので、いちいち探してやっつけるのは面倒
なので、構ってられないのである。さすがに視界に入ったら戦いが始まるが、ヤツはなかなか
強敵で、ドローの日々が続いていた。
 いい加減面倒くさくなってきたので、懐柔作戦を取る事にした。強敵と書いて(とも)と呼ぶ作戦
である。俺はヤツをジョンと呼び、一緒に旅をする仲間として受け入れる事にしたのだ。
 しかし、ジョンは俺を裏切った。
 俺の素敵な心意気はジョンには通じてなかったらしく、昨晩ヤツは足の裏を指しやがった。

 痛ぁーい。歩けなぁーい。

 俺の胎内の白血球たちはやたら元気な連中が揃っていて、外傷に対してやたらと集まってくる。
セコムにも引けを取らないセキュリティレベルの高さは感心するんだが、虫刺され程度の患部でも
異常に腫れ上がって痛くなってしまう。虫が嫌いな1番の理由である。
 裏切り者には死を。ジョンを探し出して死の制裁を加え、傷口をバンソーコーで保護。よくよく
見たら3箇所くらいやられている。あんにゃろう。



 6月22日(2)
 足が痛いしあんまし動きたくない気分だが、晴れになりそうだったので観光するか。手近にあった
「袋田の滝」というのを見に行く事にする。茨城県奥久慈地方で数少ない見所のひとつ。昨日
泊まった道の駅・大子からは20分ほどの場所で、日本三名瀑の1つだそうだ。今日は暑くないし
興味が無いっちゃ無いんだが、ネタが無さすぎてもあれなので、いちおう行っておこう。


 

 でかーい!!

 1番後ろに下がっても、フレームに入りきりません。でっかい滝だなぁおい。
 日本には幅の広い滝はあまり無い。世界的に見ると日本の川はほとんどが急流に属するので、
えぐられて細い滝になることが多い。ナイアガラの滝みたいな滝にはならないのである。だから
宮城県(山形編だが)の滑津大滝でもかなり幅広いほうだと思ったんだが、ここはケタが違う。
横幅70m以上はある4階滝。すんごいスケールだ。さらに昨日の台風でかなりパワーアップしてる
みたいで、勢いがえらい強い。いやぁ・・・すごいなこれは。大して面白くは無いけど迫力はある。
   
 袋田の滝。滝は勢いあるけど川の流れはかなり穏やか。不思議。



 6月22日(3)
 さてさて次へ。台風が梅雨雲を吹き飛ばしてくれたようで、いい感じで晴れてきた。このチャンスに
屋外系の観光物件を見てしまいたい。次はどこに行こうかな〜・・・

  ・・・ ・・・ ・・・。

  ・・・ ・・・ ・・・。

 ねぇ・・・



 か、観光物件が、ねぇ。地図を見渡す限り、コレと言って有名スポットらしき名前が無い・・・。



 つ、つくば山! い・・・いちおう名前は通っているはず・・・。行ってみるか。

 これで茨城編が終了したらどうしよう・・・。





 【ネタが少ないので、歴史の嫌いな人もお読みください】
 とりあえずつくば方面へ向かうが、その前にひとつ見ておきたい場所があった。これは茨城県
に来る前から来たかった場所で、友部町宍戸地区という場所だ。ここには、俺が最初からずっと
追いかけている「安東一族」が最後にたどり着いた場所だ。市町村名になってないので探すのに
苦労したが、地図で宍戸駅を見つけてやっと辿り着いた。

 安東一族は不思議な一族である。日本史上稀に見る「苗字が長寿」の一族なのである。
大化の改新以前に活躍していた「蘇我」「大伴」「石上」という苗字は、源平合戦の頃にはほとんど
登場しない。源平合戦で活躍した「源」「平」「藤原」という苗字は南北朝動乱期には登場しない。
南北朝期に活躍した「足利」「新田」「佐々木」も戦国時代には登場しない。戦国時代を生き残った
有力大名たちも明治維新には出てこず、明治維新と太平洋戦争の関係もまたしかりだ。
 これは血筋が滅亡しているわけじゃなく、分家となって土地に根付いた一族筋が苗字を変えて
しまうからで、血筋としては残っている。しかし本家筋というのは、いつの間にかいなくなってしまう
ようなのだ。ざっと見た感じでは、日本の苗字は300年くらいで消滅してしまうらしい。

 「安東」姓というのはグループ名で、前九年の役で解散した「安倍」と、奥州戦争で解散した
「奥州藤原」の2つの生き残りを一緒くたに呼称したものだ。最初は「安藤」で、いつの間にか
「安東」に変わったのである。「信長の野望」で「安東愛季」の名前で登場するが、俺の調べた
限りじゃ「安倍愛季」で、正式な苗字としては「安倍」のままだ。この「安倍」が磐司磐三郎から
スタートした一族なら、1000年以上に渡ってしぶとく行き続けた苗字という事になり、天皇家に
次ぐくらい長寿一族だ。江戸幕府の成立により秋田県から茨城県宍戸に移された安東一族、
その長寿一族の最期がここに残っているはずで、それを見ておきたかったのだ。いやすごい
いっぱい書けるぞ嬉しいなこりゃ。

 そういうワケで宍戸地区をうろうろし、郷土資料館を発見。さっそく行ってみる。博物館の
おじさんに若干興奮気味に聞く俺。


   「安東一族は、ここにいたんですよね」
   「20年くらいいましたが、すぐ三春に移ってますよ」


 なにいいぃぃぃぃ・・・・


 み、三春ですかぁ・・・。福島県じゃん。しまった見てこなかったよぉ・・・。
 し、しっぱい・・・。秋田県で宍戸に転封になった事までは聞いたんだけど、まさかまた東北に
帰っていたとは・・・。
 考えてみりゃ三春藩は戊辰戦争の時にも突然旧幕府軍を裏切った経歴がある。時代の
転換期にまっさきに反乱起こし続けてきた「安東の血脈」と考えたらよく似合う。しまったぁ・・・。

 し、仕方ない・・・。そのうち、見に行こう・・・。

 いちおう城跡だったという場所を聞いたら、実は今いるここだった。
 
 お城のど真ん中部分を県道16号が切り裂いている。あとは田んぼと住宅・・・。水戸城と同じく
跡形はいっさい残っていない。

 茨城県!もっと歴史を大事にしようよ!!
 (そうしてくれると俺が嬉しいだけなんだけどさ・・・)


 くぅっ!! 見るトコねぇ・・・。



 6月22日(4)
 その後博物館のおじさんと意気投合し、「車用の網戸はどうやって作ったらよいか」という話題で
熱く議論を交わす。だいたいの設計ができたので、ヒマができたら作ってみよう。
 それからようやくつくば山へ。途中で「大覚寺」と言うお寺を見つけ、南北朝に関係する名前なので
行ってみたがスカ。同名異寺だった。割愛。つくば山は南側から登るルートが正面で、道を間違え
なぜか隣の山を登頂しちゃったりしてだいぶ時間を食ったが、なんとか辿り着く。




 つくば山。歴史的にどうこうというイベントは無いが、由緒あるお山だそうだ。イザナギ・イザナミ
の神がこの山に降り立ったそうである。歴史好きな割に古事記も読破してない俺には
その辺の事はよく知らない。筑波山神社があり、他に温泉とホテル街になっている。下のほうが
ラブホテル街になってるので、夜景スポットなのかもしれない。
 つくばというと「ガマの油」に代表されるガマガエルのイメージがある。その辺を神社で聞いて
みたら、神社とはいっさい関係なかった。単にガマガエルが多い山なだという事だ。ここの
ガマガエルは「46のガマ」と言って後ろ足の指が6本ある畸形種だそうで、このガマの油が
傷に効くらしい。しかし既に絶滅しており、「ガマの油」は製薬会社が科学的に作ってるそうだ。
虫刺されにも効くと聞いたんで、買ってつけてみる。

 おおおおおおぉぉ!!! すっげぇ!! かくゆなくなったよぉ!!

 俺は根が単純なので理屈はどうあれこういうのがよく効く。

   
 筑波山神社。中腹にある。山頂へはロープウェイで登る。


 意外とおいしいというカエル料理があったらチャレンジしてみたかったが、食用蛙はやってない。
残念。適当にそば食って次へ向かう。



 6月22日(5)
 さ〜て。いよいよ見るモノは無い。もう歴史関係しか無い。「流人」に間違った期待
してる人には悪いが、俺の趣味で平将門伝説を追っかけさせてもらおう。だいぶ昔の記憶だが、
確か平将門が拠点にしたはずの猿島町に向かおう。

 この辺を走ってて思うのは、地域性がまったく無いという事だ。東北や北海道ではそれなりに
ローカル色ってものがある(悪い意味じゃないよ)。例えばコンビニ事情だ。青森県には「Kマート」、
秋田県には「マジカルママ」というローカルコンビニがあるし、東北チェーンと思われる「サンテー」と
いうホームセンターがあったりもする。それだけじゃなくて、田舎も田舎らしい色を出している。
「外食なんて必要ないから」と言わんばかりに、1軒も食堂が無い街並があったりするのだ。
それはそれで困るが、なんか地域性がわかって楽しいもんだ。でもこの辺りはどこを見ても
同じチェーン店があり、街並みも一緒だ。駅を中心に点で発達する地域と違い、道路を中心に
線で結ばれてしまっているので、街と街の境目もあいまい。何かドコ走ってるのかわからなく
なりそうだ。大都会・関東地方ではしょうがないんだと思うが、なんか走ってて楽しくない。



 猿島町まで行くつもりだったが、途中の「石下町」で「平将門の町」という看板を発見する。
実際行ってみると俺の記憶違いで、ここ石下町が本拠地だったようだ。歴史関係の史跡を
探す・・・。


 


 へ? なんだこのでかい城は? 平将門の城? まさか?



 しかも会津若松城クラス。何だこれ?


 なんだこりゃ?



 近寄ってみると「町民文化センター(通称豊田城)」だった。平将門のお城ではなく、
豊田某という有名じゃない大名のお城。それもここにあったわけじゃない。

 つまり特に根拠の無い、普通の建築物。まぎらわしいなぁ。ちょっとトキメいちゃった
じゃないか。



 いちおう中は歴史博物館になっている。平将門関連を期待して入ってみると、豊田某の記事
ばっかり。「信長の野望」好きな俺でもよく知らないってそんな人。多賀谷某というやっぱり
弱小大名に滅ぼされている。(歴史わかんない人ごめん)わかりやすく言うと、関東一円を
支配していた北条氏がS級大名、それに抵抗した佐竹氏がA級大名、佐竹氏にやっつけられた
小田氏がB級大名、小田氏の子分的存在だった多賀谷氏がC級大名、その多賀谷氏に
滅ぼされたのが豊田氏だ。こんなすごく下っぱ的大名をびっくりするくらいプッシュしてる。
なぜだ?





 博物館の人に聞いたら、町内に平将門が拠点にした「豊田舘」という城跡がある事を教えて
もらった。もちろん行くっきゃない。ちょっとわかりずらい場所どころか車がすれ違えないような
細い路地を入っていかないといけない場所だ。


 おお、ここが・・・


 

 豊田舘。あの平将門公の居城。

 サッカーボールの的になってます




 なー!!! バチあたりな!!!!!



 茨城県!もっと歴史を大事にしようよぅ・・・。
 (っていうか大事にする場所、間違ってるよ絶対)



 6月22日(6)
 なんかロクに見れてない気がするが、無いものはしょうがない。この辺で時間も時間なので、
今日は終了にしよう。近くの道の駅は・・・下妻市に発見。そう遠くない。



 道の駅・下妻のレストランにて。そう言えば郷土料理調査をしていない。まぁMAXコーヒーとか
言われるくらいだから本当に何も無いんだろうけど、いちおう聞いてみる。

  「まぁ・・・しいて上げるなら、トンカツです」

 とーんかーつー!!  ひゃっほーい!!

 と言うのは、茨城県は養豚が盛んな地域で、全国有数の豚肉産出地らしい。当然トンカツ屋も
多い。そう言われてみれば結構あったかもしれない。
 牛には「松坂牛」「米沢牛」など多種ブランドがあるが、豚はあまり聞かない。鹿児島県?の
「黒豚」くらいだと思っていたが、きちんと茨城産「ローズポーク」というブランドがあった。これも
また郷土料理ってのとちょっと違うが、トンカツ食べたいのでOKだ。当然いただきます

 トンカツの味と言うと肉質より衣のつけ方のほうが重要だが、豚の本場・茨城県では当然それ
なりのこだわりがあるようで、その辺もしっかりいい仕事をしてくる。 うま〜い!!





 ふう。ごちそうさまでした。一服ついでにメニューを眺めていて、ふと発見する。

   「ダチョウの刺身」


   ダチョウ?


 ・・・ ・・・ ・・・。 ダチョウを食うというのは北海道には無い文化だ。お店の人に聞いてみたら、
最近本州ではダチョウが流行ってるらしく、牧場もけっこう増えてきてるらしい。そういえば
みのもんたさんかガッテンか忘れたけど、ダチョウは健康にいいとか何とかいう番組をどこかで
見た気もするなぁ。ついでなので食ってみる。

 

 もぐもぐもぐ。 う〜ん。なかなか噛み切れないまぐろの赤身っぽい。極端に生臭くも無いし、
あんまし個性はないけど悪くないな、コレ。


 ・・・ ・・・ ・・・。

 企画をやっちゃおう。

 ふと思いつく。


 「流人」もちょっとずつお客さんが来てくれるようになったし、そろそろ1000ヒットも見えてきた。
この辺で、企画をやろう。ちょっと前に師匠からも企画のお話があったし、俺の友達が「500番
踏んだから何かくれ」と言わんばかりにハードコピーを送りつけてきた事もあった。企画という
のはホームページの基本なのかもしれない。
 せっかく全国各地を渡り歩く旅。感謝の気持ちを込めて、現地で拾った珍しいモノを皆さんに
ちょこっとおすそわけしよう! ・・・とはいっても資金の無い俺。あんまし豪華なプレゼントはでき
ないが、大きなキリ番がある時くらい何かを考えていくこ事にしよう。

 お店の人にダチョウ牧場のパンフレットをもらい、考える・・・。


  というわけで
 第1回イベント!
 『1000番踏んだ人に茨城県産ダチョウの卵プレゼント!』

 を開催しま〜す。(肉だとオモシロクないので、卵にします)


 まぁダチョウは本州ではけっこうメジャーらしいので、本州のダチョウ食い飽きてる人に
当たっちゃったらごめんなさい。俺のベースである北海道ではけっこう珍しいと思うので、
その辺を射程にしてます。詳しい事は「らくがき」のほうに書きますので、そちらを参照ください。
 ただし1000番まであまり時間がかかると孵化しちゃうかもしれませんが、その場合は
あきらめて可愛がってあげてください

   ※この企画は、梅雨の流人休止期間の客離れ防止とか、茨城編があんまり
    面白くならないお詫びとか、そういう意味はちょこっとしか含まれておりません。
    誤解なきようお願いします。純粋に感謝の気持ちですよ(汗)。


 今後も大きなキリ番が見えてきたら、その近くにあった面白いモノで何か考えるつもりです。
どうなるかわかんないんですが、とにかく参加してみてください〜。



 6月23日
 さてさていよいよ見るモノが無くなってきたぞぉ。そろそろ千葉県入りしてしまってもいいかも
しれない。少なくとも青森編より長くなったし。実は青森編の頃の考えでは、「流人」は絵日記
サイトになる予定だった。でも絵師(うちの妹)との仕事の相性が悪そうだったので、途中から
写真メインのサイトに切り替えている。青森編が短い上に写真が極端に少ないのはそのためだ。
それを基準にするのもどうかと思うので、適当に流してみてキーワードを拾おう。

 他に獲得したキーワードの中にも、「平将門が戦死した戦場」という場所が岩井市にあったん
だが、ちょうど今「女子高生殺人事件」が起きてるようで、住所不定無職の俺はあんまり
近づきたくない。俺は犯人じゃないが挙動の怪しさとか一般人に理解不能
ネタ探し放浪の事など、不思議さでは俺はそんじょそこらの犯人に負けてない。ともすると冤罪で
放り込まれる可能性がある。イチから説明すりゃ弁明できるが、変な事に巻き込まれるのは
めんどくさいので、そういう所には近づかないようにしたい。

 さてどこ行こう。考えてもしゃーないので地図を見る。この辺はどこも市ばっかりなので、
見当の絞りようが無い。水海道市と取手市が地図上のフォントが大きいので、たぶん
拠点都市だろう。その辺に行ってみるか。



 水海道市(みつかいどうし)。昨日行った石下町の南隣の街で、街の看板は『千姫(せんひめ)の
街』である。
 わーい! 千姫ぇ!!
 ポイントの高いキーワードだ。千姫は徳川家康の孫?だったかな。豊臣秀吉の跡取り、
豊臣秀頼の嫁さんである。大阪夏の陣で爺さんの家康に攻められ、旦那を助けるために家康の
元に命乞いに行ったらそこで捕獲されてしまい、大阪城は落城。目の前で旦那を殺される。
その後再嫁入するもすぐ旦那に死なれて尼さんとなり、春日の局などと大奥政治の一翼を
担った。豪姫と並んで有名な悲劇のお姫様である。今まで回った中で「キング・オブ・悲惨な姫」は
山形県で出会った駒姫だが、悲惨さでは負けていない。
 話に聞くと千姫の菩提寺があるというので、見に行く。弘教寺というお寺だ。お寺は多いので
見てるとキリないんだが、OKって事にしとかないと本当に書く事がない。

 弘教寺(ぐきょうじ)。来てみて話を聞いたら、そもそも千姫のお墓は東京小石川だそうである。
ここは千姫が勧請しており、分骨と遺品の一部が眠っているが、あまり特段の記載は無い。それでも
水海道市には他に歴史ネタが無いらしく、千姫祭りとかもあって、それなりに盛り上げている
ようだが・・・ちょっと足りないなぁ。
 北海道人の俺は立派なお寺や神社をあまり見た事がない。北海道は政教分離後に開拓され
てるので、あまり教化の痕跡が残ってないからだ。イベント云々はともかくこういう立派なお寺を
のんびり見学するのは新鮮で楽しい。でも茨城県、イベント薄だなぁ。
   
 弘教寺。今まで見たお寺ではでかいほう。まったりしてきた。



 6月23日(2)
 続いて取手市(とりでし)へ。ここもフォントが大きいだけで何もイベントの確証は無い。市役所で
聞いてみたら・・・桔梗の前(ききょうのまえ)が戦死した場所だった。
 わーい! 桔梗の前ぇ!!
 オモシロネタはまるで拾えないが、俺的にはいいトコ引きまくってる。我慢してください。



 埋蔵文化財センターがあったので行って調べようとしたが、ここの埋蔵文化財センターは
2ヶ月営業して2ヶ月休業するという営業スタイルで、ちょうどお休み期間中だった。岩手県水沢市
の埋蔵文化財センターは博物館並みにデカかったが、本来は学術研究用の施設なので
こんなもんなんだろう。展示関係が見れないので図書関係を貸してもらいメモ取りまくる。

 桔梗御前は福島編でちょこっと触れたが、平将門の嫁さんで、俺の中じゃ『4大「御前」が似合う
女性』の1人だ。前に平将門の叔父さんの嫁さんで、将門と不倫〜〜と書いたがここで読んだ
話では違っていて、その関係の話は無かった。平将門の乱の時に、将門は7人の影武者を
使ってたらしいんだが、桔梗は敵の大将・藤原秀郷と内通して将門の本隊の位置を教えて将門が
戦死するきっかけを作った女性という事になっていた。その後手柄を独り占めしようとした秀郷に
ここ取手市で襲撃され殺されている。俺の記憶は定かじゃないのでこっちが本当の話だと思うが、
どっちにしろ妖しさ満点な女性だ。その他平将門以外の本もたくさんあったので読みたかったんだが、
俺は本読み出すと止まらなくなってしまうので、この辺だけにしとこう。館員さんも見るモノなくて
悪いと思ってくれたのかコーヒーとかごちそうしてくれた。いろいろすんません。
 お墓、というか桔梗の前を弔う塚があるというので、行ってみた。取手駅のひとつ隣の駅から
歩いてすぐだ。近くまで行き、郵便局に市役所でもらった地図を持っていって聞いてみる。

   「この辺に 『桔梗塚』 があると聞いたんですけどぉ」
   「桔梗塚・・・ですか? いやぁ知りませんね」
   「この地図見てもらったらわかります?」
   「えーと、確かにこの近くみたいですけど・・・」
    ちょっと偉い人が出てくる。
   「たぶん・・・あそこですね」
   「場所わかりますか?」
   「〜〜〜〜です。でも、見ても・・・ちょっと・・・って感じですよ」
   「???」

  とにかく場所を聞いた。行ってみる。



 

 排気ガス漂う幹線道路の脇・・・。
 そこにひっそりと佇む小さな植え込み・・・。
 入り口は電柱で塞がれている・・・。
 誰かが弔っている気配もない・・・。


 なー!!! ばちあたりな!!!!!



 い、茨城県・・・。もっと歴史を大事にしようよぅ・・・。



 6月23日(3)
 本を読んでしまったため、結構いい時間になってしまった。2時過ぎなんで、いいトコあと
1箇所くらいだ。さてどうしよう。あと大都市は車のナンバーになってる土浦市だ。そっちに
向かおう。

  ・・・ ・・・ ・・・。

  ・・・ ・・・ ・・・。

  ・・・ ・・・ ・・・。

  国道6号線、大渋滞。 平日なのに。 


 んあ〜〜〜!! 苦手だぁ!


 正直こんなモンで参っていては東京に踏み入れるなんて不可能なんだが、嫌なモノは嫌。
目的があるなら渋滞しても我慢できるが、俺の場合どこに行ってもいいのに渋滞にハマるのは
なんか損した気分になる。別に土浦市にキーワードがあると決まったわけじゃないし、今日は
時間も無いので道を替えよう。土浦市は回避して霞ヶ浦方面へ変更だ。
 途中で看板発見。美浦村というのが近くにある。美浦と言えば競馬の馬が調教する
トレーニングセンターがあるはず。俺競馬はやらないけど師匠がやるみたいなので、見てきたら
師匠が羨ましがるはずだから見に行ってやろう。





 美浦村。俺が幼き日に霞ヶ関はここにあると信じていた霞ヶ浦という湖の南畔の
町だ。三原城という看板があったので俺的にはこっちだが、せっかくだから馬を優先しよう。
お店が何も無くて困ったが、途中で焼肉屋を見つけたのでごはんを食う。馬肉とかがいっぱい
あったら何だか嫌な気分だが、残念ながら馬料理は無い。JRAの美浦トレセンを教えてもらい、
行ってみる。


 
 調教終わってる・・・。


 誰もいない・・・残念。あまり馬に興味は無いのでどうでもいいと言えばどうでもいいんだが、
日本の競馬人気を考えてみれば、ここはもしかして茨城県最大の観光スポットかもしれない。
もうちょっとしっかり見ておきたかったなぁ。
 いちおう観光用のブースがある。美浦トレセンは周囲に坂路が敷いてあるので、外側から中を
見ようとしても見えない。このブースの屋上から望遠鏡で見るしかないようになっている。その
ための展望台だ。他には歴代G1馬とかの写真が飾ってあったり蹄鉄が展示してあったりするが、
俺が見てもわかんねぇや。
 せっかく来たんで、調教じゃなくても馬の1匹も写真に収めてやりたい。入り口のおじさんに
調教やってる時間帯を聞いてみたら、朝6時から9時過ぎまでしかやってないと言う。
お馬さんは熱に弱いので、涼しい時間帯しかやらないらしい。冬になれば12時くらいまで調教
してるらしい。
 けっこう早いけど、今の俺は朝7時前には起きている。暑くて寝てられないからだ。来ようと
思えば来れる時間帯。明日もっぺん見に来てやろう。しかしブースが何時から開いてるかを
聞いたら9時からだ・・・ちょっと待ってよ調教終わってない?それ。おじさんの話ではギリギリ
見れるらしいが、若干不安。営業9時からとなってるけど8時半から入れるそうなので、
朝イチで勝負駆けするしかない。まぁ大丈夫だと思うけど。

 この日は近くの道の駅・潮来(いたこ)まで行き、寝る。夜中の12時からテニスを始めた
背広の2人組が気になって眠れねぇ。なんだこいつら?



 6月24日
 朝イチ速攻でトレセンを攻める。さあナマの馬だぞ師匠よ悔しがれ!って勢いで来て・・・

 

 やっぱり終わってる・・・

 見れないよ。 これ展望する意味無いよ。 冬専用なのか?






 あっ!!!!


 (再掲)
 動くモノ発見!! 馬、いましたぁっ!!
 (よくよく見ると4匹だけ調教してました。)



 えな・・・。



 競馬好きな人でも何の馬かわかんないな、コレじゃ。この写真でデジカメ最大ズーム。写真に
撮るなら相当精度の高い望遠レンズが必要だ。展望台には双眼鏡が設置してあるので、それで
見る分には見えないことも無い。双眼鏡にデジカメくっつけて写真撮れるかどうか実験。
フォーカス合わねーだろーと思ったが、実際このくらいには撮れた。やってみるもんだ。

 
 馬好きな人、何て馬かこれで判別できる? 教えてくれって意味じゃないんだけどさ。


 もう1度おじさんに話を聞いてみると、ここはあくまでトレーニングセンターなので観光に
力を入れてないそうだ。いちおう月に1回、馬に乗れて触れてニンジン食わせられるという
企画もやってるが、馬と遊びたい人はそれを狙うしかない(要予約)。他にも何人か見に来てる
人がいたが、がっちりしたカメラを装備して来ていた。見に来るならそれなりの準備をしてこない
と、上の写真くらいのお馬さんを見ただけで終わってしまう。気をつけよう。



 その後昨日泊まった潮来市をスルーして、その先の鹿島市へと進む。



 6月24日(2)
 鹿島市は今では鹿島アントラーズの本拠地として有名だが、その昔、九州地方の国境警備隊に
狩り出される関東人が、出発前にここの鹿島神宮という神社で武運を祈願していった事から
武運の象徴とされており、宮本武蔵や佐々木小次郎といった武芸者の始祖である塚原卜伝
(つかはらぼくでん)も住んでいたという武運長久・剣術の聖地でもある。俺は福島県で勇者
なっている。しかし当然勇者になった事だけで満足していてはいけない。勇者たるもの必殺技
ひとつも使えなければダメなのである。ここに来たのはそのためである。今後戦わねばならない
暴走族を相手にするには、必殺技を習得しなければならないのだ。そういうわけでまずは神社で
お参りだ。


 おおおぉぉぉ〜〜〜 すごーーい!!

 前にも言ったが俺は神社やお寺に馴染みがない。でかい神社に大喜びだ。公園っぽい
イメージの多いお寺と違って、ここは完全に森だ。鬱蒼とした森林の中に神殿が点在している。
樹がやたら大きく、戦乱で荒れたりしていないんだろう。昔からの聖地だった雰囲気がある。
元々平地っぽい領域に道がきちんと整備されていて、森の中を苦労なく散歩できる珍しい場所
だと思う。俺ここ好き。
 まずはお参りし(初めてだな)、散策。体を清める禊ぎ用の池もあったが入るのは汚そうと
いうか観光客多すぎでさすがに入れない。要石とかの写真撮りまくっていい気分。茨城県内じゃ
1番観光気分があるな、ここは。
 帰りぎわに宝物殿を見かける。聞いてみたら「フツノミタマの剣」という宝剣が収蔵されていた。
おお!! 勇者な俺にふさわしい伝説の武器!! 持って帰りたかったが、よくよく見たらこの剣
全長が3mもある。誰が使うんだコレ? いくら勇者な俺でもちょっと使いにくそうだったので、
貰うのはやめといた。
   
 本殿と森の参道。思ったより虫もいないし、いい感じですよ。



 目的の必殺技「鹿島新当流」の奥義書を入手したかったが、どうやら塚原卜伝関係の史跡と
いうのはお墓しか無いらしい。図書館に置いてあれば読んでいこうと思ったが、「たぶん
無いです」とあっさり言われてしまった。剣術道場があったが俺にはイチからいちいち練習してる
時間は無いから秘奥義だけマスターしたい。どうしよう。
 しゃーないからお墓を見に行ってお参りしてくる。これで俺がピンチに陥ったら卜伝先生が
オーバーソウルして戦ってくれるはず。若干心もとないが、たぶん大丈夫だろう。

 その他鹿島市を流してみる。鹿島アントラーズのスタジアム、クラブハウスなどを見るが、
サッカーチームはいつの間にかいっぱいに増えちゃってるのでキリないのでヤメ。ちょこっと
だけ見てきた。
   
 鹿島2大英雄、塚原卜伝先生とジーコ監督の像。卜伝先生のほうがでかい。





 よし。茨城編はこのへんでもういいや。
 茨城県は『歴史』というコンセプトで、もっともっと記事部分が多かったんだが、俺歴史のほうを
書いちゃうと止まらなくなってしまうらしい。平将門を説明しようとしたら武士の起こりから書い
ちゃったくらいだ。友部町で書きすぎたと感じたのでだいたいボツにしたら、何とも中途ハンパな
感じになったなぁ。
 ・・・っていうか本当はこのサイトでそういう歴史紹介をやるはずだったんだけど、どこで
方向狂った
んだ?おかしいなぁ。
 まぁしょうがない。無いものは無い。見所の少ない茨城県が悪かったという事で。千葉県で
頑張りますよ。はい。

 そーいうわけで、神栖町、波崎町を抜けて千葉県銚子市へ。8県目に突入だ。



  【 千 葉 編 に つ づ く 】